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②⑤《大災害》10月22日 周防大島の日常が変わった日 ~現周防大島在住の唯一のメンバーが断水の振り返り~

こんばんは、今回初めてブログを書きます自称イケメンの伊東ちゃんです。

初めてのブログ、やるからには恥ずかしくない文章を書かなければと張り切ってPCに向かったのはいいが全く話題が見つからない。

どうしようと考えた、、、結果
周防大島の日常が変わった日(10月22日)から今日までの振り返りをしようと思った。

何故この考えに至ったかと言うと、私はMAHALOメンバーの中で唯一今でも周防大島に暮らしている。そう、唯一無二の存在である。
そんな私は約1か月の断水生活を強いられた。

断水の辛さや、大島大橋の通行止めなどに対するストレスはテレビやラジオ、新聞では伝えきれない。私の文章力では一割も伝わらないが。。。

せっかくみなさんに発信できるチャンスなら周防大島のこと、自分にしか書けないことを書きたいと思ったからだ。

さて、前置きが長くなったがそろそろ本題へ。

周防大島の日常が変わった日

10月22日〜

『ピーンポーンパーンポーン』

周防大島町の防災無線の音で目が覚めた、その日はものすごく冷え込んでいたのを覚えている。

『こちらは防災周防大島町です、水道管破断のため本日未明断水になります』

私は耳を疑った、きっとこれは夢だと思いもう一度布団に入った。

数分後スマホのアラームがなり、めんどくさいと思いながら起きてリビングへ出ると母親がものすごいスピードで動き、水を貯めていた。一瞬で目が覚めた。と同時に『あぁ、現実なのか』と酷く落胆。

うちの母親が言うには前回の時とはレベルが違い、復旧にものすごく時間がかかるらしかったが話半分に聞いて学校へ急いだ。

学校へついて、どうせ明日からは休校だろうなと思いながらぼーっとその日をすごした。

案の定翌日から1週間休校の連絡がまわった。

そこからは毎日が忙しすぎて今っぽく言うのであれば秒で1週間が過ぎた。

途中学校から休校措置延長のメールが来たのは言うまでもない。

私の一日

朝は6時に起床、車を走らせ30分ほどかけ、柳井へ行き、洗濯をする。
それが終わるとウェルネスパークもしくは鳩子の湯に行く。
やることが全て終わるのが12時だったり、13時だったり…。
その後は帰宅なのだがここが問題、大型船が大島大橋に衝突した時のダメージは想像よりも遥かに大きく通行制限や通行止めになることもしばしば、家に帰れるのはだいたい14時〜15時

←大島大橋の破損箇所の写真

家に帰ると給水所へ行き50〜60ℓの水を家に運びます。

その後私はバイトがあったので一日の自由時間はせいぜい2時間程度、年頃の私には自由な時間が少ないことは相当キツかったが家族の役に立てていると思うと次の日も頑張ろうと思えた。

11月8日〜
《ストレス発散&移動範囲縮小》

この日から地元のスポ少が活動を再開した。

温泉まで遠かったため夜に汗をかくと翌日まで風呂に入れない日は終わった。

グリーンステイ長浦が《無料開放》されたのである。

こんなに嬉しいことは無い、家から5分で温泉に入れる。このありがたみは凄まじく、ガソリンを無駄に使わなくて済むし(島内のガソスタでは一回の給油で2000円分しか入れることができなかった)、自分の時間が多く取れることなど自分に対して様々なメリットがあった。
何よりサッカーをして体を動かすことによってストレスが緩和されたのだ。

それからはほぼ毎日長浦通い、心なしかお肌がもちもちになったような。。

スポ少の練習では皆いつになく楽しそうな表情をしていた、そして私もものすごく楽しかったし、スッキリした。

11月16日
《人生初の車中泊》

クラスでサッカーをし、映画を観に行った。夜ご飯を食べていつもなら帰宅なのだがその日は大島大橋が21時から翌5時まで全面通行止め、、、
知ってて遊びに行ったが忘れかけていたストレスがここでドッと湧いてでた。

人生初の車中泊。みんなは口をそろえて、『めちゃめちゃ寒いよ』、『しんどいよ』って言うちょったけどエンジン切っても案外寒くなくむしろ暑いぐらいで少し窓を開けて寝た

この時に飲んだお酒の味とこの時の気持ちは忘れられない。

11月21日〜

《静岡へ旅行》

ここであまり書くことは無いが周防大島が断水であることを忘れるぐらい水とお金を使いまくった。

11月27日〜
《心の架け橋開通》

『0時〜5時まで安全確認のため大島大橋通行止め』

『同日15時より大島大橋全面開通』

これにより渋滞は無くなり、事故当初『大島大橋破損、配水管破断、復旧のメドたたず』という先の見えぬ不安に押しつぶされそうになっていた心が、気持ちが一気に前を向いた気がした。

11月29日〜

《遂に、待望の、『水』(一部地域のみ)》

これまで配水管の破断などで止まっていた『水』が蛇口をひねれば、コックをあげれば出る

これ程感動したことは今まであっただろうか、、、

うん、あったな。。

でも今までとは違う感情、安堵感、脱力感、嬉しさ、悲しさ、様々な感情が混ぜあって1番最初に出た言葉は

『あ、出た』だった。

もっとちゃんとリアクションしろよ、と今では思うがきっとあの時はこれがMAXのリアクションだったのであろう。
これが精一杯、言葉が出ないぐらい嬉しかった。のかも。

しかし、まだ周防大島町全域で水が出るわけでは無い

もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせながら紙皿でご飯を食べた

12月1日
《島内全域給水再開~嬉しさの中の悲しさ~》

断水生活が終わった。
こんなこと言っていいのかわからないが『水が出た時』、『大島大橋全面開通の時』、嬉しさはもちろんあったが、悲しさもあった。
これはきっと断水を体験した人にしかわからない感情だと思う。
片思いしてた人に彼氏ができたことを知った時の感情に似てるような。。

12月6日
《体験したからかけること》

断水終わって
・自宅の風呂にはいれる
・家でご飯が食べられる。
・気兼ねなくトイレができる
挙げればいくらでも出てくるがこんなことは誰だって想像すれば書ける

何が一番嬉しかったかというと

『紙皿じゃない皿で飯が食えたこと』

食器をテーブルに運ぶときの「カチャカチャ」という音、食器を持った時の重み

この時が一番元の生活に戻ったと実感できました

ですが、まだまだ完全復活とはいきません
本当の勝負はここからです。
今一番きついのは大島商船の学生さん達だと思います。

大島大橋の歩道に配水管を設置しているため歩行者及び自転車の通行規制がかけられています。
約1Kmある橋を自転車を押して歩くのは相当きついかと。

私は関係ないけど、皆さんけがの無いように気を付けて登下校してくださいね。

ここまでだらだらと振り返ってきましたがどうでしょうか。
きっとヤマカイやリンくん、レイチェルだったらもっと面白く、簡潔にかけるはず。。
とかなんとか思いながら。。
私ならこんなもんじゃろ。初めてにしてはよくできた方かと。。

起承転結が全くない文章、めちゃ読みづらそう、すみません。
もっと本読んで勉強します。

あ!忘れるところやった。
大事なイベントの告知!

だいぶ広がってきたであろう我々が行うイベント
『野外映画祭』である
最近クラウドファンディングも初めていよいよ本格化

12/28にあるプレ映画祭の上映時間以外では何をしようが自由

ということはコミュニケーションをとるチャンス

今まで話したことの無い人へ体験談を話すのもよし、大島の魅力を発信するも良し、写真を撮ってバエルのもよし。

皆でコミュニティーを広げよう!

とまあこんな感じで終わりたいと思います。
ありがとうございました。

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